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宮崎地方裁判所 平成10年(ワ)252号 判決 2000年9月25日

原告

甲山太郎

乙川一郎

右両名訴訟代理人弁護士

内野経一郎

仁平志奈子

中田好泰

北澤香織

被告

宮崎信用金庫

右代表者代表理事

岩切文彦

右訴訟代理人弁護士

斉藤芳朗

江藤利彦

小林孝志

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告が原告に対してした平成一〇年四月一〇日付け懲戒解雇は無効であることを確認する。

二  被告は、平成一〇年五月一一日以降、原告甲山太郎に対し、毎月金六〇万五八三六円を、原告乙川一郎に対し、毎月金五六万〇九一一円をそれぞれ支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告が、被告職員である原告らを、被告が管理している顧客に関する信用情報等が記載された文書を不法に入手し、さらに、これらの文書や被告の人事等を批判する文書を外部の者に交付して機密を漏えいし、かつ、被告の信用を失墜させたとして懲戒解雇したところ、原告らが、懲戒解雇事由の不存在及び原告らの行為の正当性等を理由に、右懲戒解雇は懲戒権の濫用にあたると主張して、解雇の効力を争い、また、賃金の支払いを求めた事案である。

一  争いのない事実<省略>

二  争点<省略>

第三  争点に対する判断

一  本件懲戒解雇に至る経緯

前記争いのない事実に、甲九号証、甲一〇号証、甲一九号証、甲二〇号証の1ないし4、甲四七号証、甲四八号証、乙二号証、乙五号証の1ないし66、乙六号証の1ないし5、乙七号証、乙八号証、乙二七ないし三一号証、乙三三号証、乙三六号証の1、2、乙三九号証、乙四〇号証、乙四五号証、乙四六号証の1ないし16、乙五一号証、乙五二号証、乙五六号証、乙五七号証の1ないし3、乙五八号証の1、2、証人P、同S、同J及び同Mの各証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実を認定することができる。

1  原告甲山は、平成六年から組合に執行委員として参加し、平成七年度(平成七年八月から平成八年七月まで)には執行副委員長に選出され、三役交渉等の場を通して、被告における不正疑惑を積極的に追及した。

原告乙川は、原告甲山との後記2の接触を契機として、平成八年度から組合執行部に参加し、原告甲山と共に被告の不正疑惑の追及を行った。

原告らは、平成八年度の組合執行副委員長に選出され、さらに、不正疑惑の追及活動を強めた後、平成九年八月をもって組合執行副委員長の任期を終えたが、被告に対して回答を求めている懸案事項が多数あったために、引き続き、旧組合執行部三役として、被告理事らに対する追及活動を継続した。

2  原告甲山は、平成七年の秋頃から、原告乙川を含む被告の職員から、顧客の丙沢二郎と被告吉村支店職員との不正な関係の疑惑について事情を聴取し、一方でオンライン端末機を利用して被告管理に係るホストコンピュータにアクセスし、平成八年二月七日に本件信用情報(ア)②を印刷して当該印刷文書を取得するなどして、事実関係の確認及び資料の収集を行った。原告乙川は、平成八年二月二三日に前記同様の方法で右顧客及びその関係者に係る本件信用情報(ア)④ないし⑦が印刷された文書を取得し、これを原告甲山に交付した。

さらに、原告甲山は、上山四郎に対する融資が、丙沢二郎に対する迂回融資である疑いを持ち、平成八年四月九日に前記同様の方法で右融資等に係る本件信用情報(イ)を取得した上、同年七月二六日の三役交渉の場で被告に対し右疑惑を追及した。

3  原告乙川は、平成八年三月五日ころ、本件批判文書①を作成し被告総務部長に対し差出人の名を記さず郵送し、続いて、同年四月二二日ころ、本件批判文書②を作成し被告総務部長に差出人の名を記さず郵送した。右各文書には、被告の人事異動に対する批判が述べられており、人事の是正や被告役員の背任行為の調査を求め、これらの要求を受け容れられない場合には、組合に資料を開示するとし、さらに、右文書の作成者の調査がなされた場合には、資料を公にする旨記載されている。

4  また、原告らは、××製菓に対する融資につき、被告前理事長Eに関連する情実融資、あるいは迂回融資ではないかという疑いを持って調査を行い、平成八年三月以降、原告甲山において被告が管理する同社に係る本件管理文書④の原本を複写して写しを取得し、原告乙川において被告が管理する同社の信用情報が記載された禀議箋(本件管理文書③の一部)の原本を複写してその写しを取得する等の資料収集を行ったうえで、三役交渉の場で、被告に対し右疑惑を追及した。

5  原告甲山は、平成八年五月から七月ころにかけて、本件資料及びその他の同原告の収集した被告の不正疑惑に関する資料を、F衆議院議員の公設秘書である甲山十郎(原告甲山の弟)及び宮崎県警に提出した。

なお、右各提出行為は、組合の機関決定に基づかないで行われた。

6  被告は、原告乙川から送付を受けた本件批判文書①に基づき、内部調査を実施した結果、元吉村支店支店長及び係長の顧客との癒着や元大淀支店副支店長及び支店長代理の名義貸しによる融資の事実が判明したため、平成八年七月二九日付けで理事長、専務理事及び常務理事を監督責任に基づいて減棒処分とし、関係職員を懲戒処分(減給一か月または譴責)に付した。

7  平成八年一一月一四日、中沢が、被告会長Jを訪れ、本件資料を示して、「金庫のこのような内部資料が外部に出回っているが、金庫は知っておりますか。」などと述べたため、J会長は、これを預かり、被告理事長Eに手渡した。そして、同人は、被告常務理事Mに右資料を複写させた上、J会長に返し、同会長が、同月一八日、中沢に右資料を返却した。

その後、中沢は、J会長に対し、再三にわたって当座預金口座の開設を要求してきたが、中沢には平成元年から被告に対する債務不履行があり、また、同人が代表取締役を務める株式会社□□新聞社が平成四年に銀行取引停止処分を受けていることにより、当座預金を開設できない状態にあったため、J会長は、右要求を拒否した。

8  被告は、中沢が持ち込んだ資料の写しを調査したところ、以下のとおり原告ら及びNによって各オンライン端末機から打ち出された本件信用情報の一部が含まれていることが判明した。

被告のホストコンピュータ内の顧客信用情報にアクセスするには、本支店設置のオンライン端末機に、各職員が持っているオペレータカードを挿入することが必要であり、(なお、信用情報は端末機の画面に表示されることはなく、帳票用紙に印刷して初めて判読可能な状態になる。)、一方、右アクセスを記録するために、端末機には、フロッピーディスクが収められていて、このフロッピーディスクには、使用されたオペレータカードの番号、アクセスした日時、顧客番号等が記録される。

被告は、各店舗からアクセス記録用のフロッピーディスクを回収し、本件信用情報の右上の照会日に印字された日時に対応するフロッピーディスクを検索し、帳票の右上に印字された年月日時刻をもとに検索した結果、本件信用情報(ア)②及び同(イ)にアクセスする際に用いられたオペレータカードが、原告甲山に交付されたものであり、本件信用情報(ア)④ないし⑦にアクセスする際に用いられたオペレータカードが、原告乙川ないしNに交付されたものであることが判明した(ただし、Nは当該オペレータカードを原告乙川に頼まれて貸与していたことが後に判明した。)。

他方、本件信用情報(ア)①及び③並びに(ウ)①及び②の信用情報については、これらの情報へのアクセスに対応するアクセス記録用のフロッピーディスクの情報が既に消去ずみであったため、当該信用情報にアクセスした者を特定することができなかった。

さらに、右調査の結果、原告甲山は、右信用情報の外にも、多数の融資取引現況表、顧客結合照会表等の情報(乙三六の一、二のうち、平成八年一一月までのアクセス分)にアクセスし印刷していたことが判明した。

9  右の調査の結果、被告は、少なくとも本件信用情報の一部について、原告らがアクセスして印刷した事実を突き止め、原告らが中沢に対して本件資料を提供したのではないかという疑いを抱いた。

しかし、被告は、中沢が持ち込んだ文書の写しが広く出回り、外部から様々な働きかけがあることを懸念し、被告内部の問題として処理することでは済まず刑事事件として対処すべき案件であると判断して、原告らに対する懲戒処分はしないまま、平成八年一二月五日の役員会において、顧客信用情報にアクセスして印刷した文書を外部に持ち出した行為について刑事告訴することを決定し、平成九年二月六日、宮崎北警察署に、右行為について、被告訴人氏名不詳の窃盗罪事件として告訴した。

右告訴は、警察から取り下げの要請があったため、被告は、平成九年一二月四日、右告訴を取り下げた。

なお、右取り下げ直前の平成九年一一月には、被告の役職員が、丙沢二郎に対する不正融資の嫌疑で事情聴取を受けた。

10  被告は、右告訴取下げを踏まえて、本件情報の流出問題について責任者の処分を検討することとし、平成一〇年三月二六日、被告役職者五名(K検査部長、O総務副部長、P総務課長、Q吉村支店長、R江平支店長)で構成する流出文書調査委員会を発足させ、本件資料の中沢への流出について調査を行い、本件資料の調査のほか、同年四月一日から同月八日までの間に関係職員一八名から事情聴取した。

同委員会は、原告甲山に対しては、同月七日午後一時三〇分から約一時間にわたって、本件資料の流出について事情聴取をした。その際、K検査部長らは、原告甲山に対し、中沢が被告に持ち込んだ文書を示して見覚えがあるか質問したところ、原告甲山は自分が収集したものもあれば見覚えのないものもある、車のドアが壊され資料がなくなったと思ったことがあったなどと回答した。原告甲山は、翌日に同委員会から呼出しを受けていたI(元組合委員長)及び原告乙川と会い、その日の事情聴取の内容を詳細に報告した。同月八日、事情聴取を受けたIは、同委員会からの質問に対し、組合が被告に対してしている要求に対する回答を先に求める旨発言し、同委員会から質問に回答する意思がないと判断されて質問が終了した。

原告乙川は、同日、Iからこの経過を聞いたうえで同委員会の質問に臨み、Iに会って話を聞いたが、同原告も考え方はIと一緒である旨、何のことかわからないので録音させてもらう旨発言して、録音機を卓上に置き、委員会から二年前の怪文書事件について何か知っているかとの質問を受けて、そのような話があったが、同原告は何も知らない旨返答した。同委員会は、同原告の右発言及び態度から、同原告には質問に応じる意思がないと判断して、同原告に対する事情聴取は約二分間で終了した。

11  被告は、右調査委員会の調査結果に基づき、平成一〇年四月九日、常勤理事会において、本件資料の中沢に対する漏えいの件につき、原告らの関与が明らかであるとして原告らを懲戒解雇に処することを決議し、翌一〇日、原告らに対し、本件懲戒解雇を行った。

二  争点1(就業規則七五条二項四号の懲戒解雇事由該当行為の存否)について

1  前記のとおり、本件信用情報のうち、原告甲山は少なくとも本件信用情報(ア)②及び同(イ)に、原告乙川は少なくとも本件信用情報(ア)④ないし⑦に、それぞれアクセスし、これらの情報を印刷して作成した文書を取得したことが認められる。また、本件管理文書のうち、原告甲山は本件管理文書④について、原告乙川は本件管理文書③の一部について、それぞれ文書の原本を複写し、その写しを取得したことが認められる。そして、右印刷した文書及び写しは、いずれも被告の所有物であるから、これを業務外の目的に使用するために、被告の許可なく業務外で取得する行為は、被告就業規則七五条二項四号の窃盗に該当することが明らかである。

なお、原告らの右各行為は、情報等の印刷された帳票や文書という有形物の窃盗であるから、印刷やコピーに供した被告所有の用紙のみの窃盗にすぎない行為ではなく、また、窃盗の概念に含まれるかどうか刑法の解釈上論議のあるいわゆる情報窃盗行為にも該当しない。

2  原告らは、被告職員が担当業務以外の情報にアクセスすることは許容されていた旨主張する。

しかしながら、本件信用情報には、会員の出資額、顧客ランク、融資額、融資条件、返済方法、延滞状況、担保明細が記載され、本件管理文書③及び④には、手形の支払義務者の不渡り等の信用情報が記載されている。これらの融資の内容や融資の相手方の信用状況に関する情報は、当該顧客にとって、高度のプライバシーに属する事項であり、また、金融機関の融費の相手方に対する評価は、当該金融機関にとって、最高機密に属する事項である。

したがって、金融機関として顧客に対して高度の秘密保持義務を負い、機密情報を厳格に管理すべき立場にある被告が、職員に対し、担当業務の遂行に関係のない目的でこのような機密情報にアクセスしたり、機密情報の記載された文書を複写したりすることを許容することはあり得ない。

よって、原告らの右主張事実は認めることができない。

3  原告らは、原告らの資料収集行為は、被告の中で行われている不正行為を指摘する目的によるものであるから、正当な行為である旨主張する。

しかしながら、正当な目的によって、これを実現するための手段までが当然に正当となることはない。企業の従業員には、使用者から特に調査の権限を与えられているなどの特段の事情がない限り、社内の業務が適正に遂行されていることについて調査し、資料を収集する権限はなく、金融機関においても、職員が、金融機関内部の不正を摘発する目的で権限なく捜索類似の行為を行うことは許されないというべきである。

したがって、不正摘発目的であっても、原告らが、顧客の信用情報に対し、アクセスしたり、探索することは正当行為として評価することはできないから、原告らの右主張は採用できない。

三  争点2(就業規則七五条二項八号及び一一号の懲戒解雇事由該当行為の存否)について

中沢が平成八年一一月一四日に持参してJ会長に示した資料の中に原告らが取得した本件信用情報が含まれていたことは前記のとおりであり、本件資料のうちその余の資料についても、原告らが収集して被告の不正疑惑の追及に使用していた資料であると各資料の内容から認められるから、これらの事実から、中沢が何らかの方法により原告らの取得した本件資料を入手した事実を推認することができる。

しかし、本件全証拠によっても、原告らが、故意に、直接にまたは第三者を介して、中沢に対し本件資料を交付した事実を認めるに足りない。被告は、本件資料が原告らから中沢へ流出した経路について種々想定して主張するが、これらを裏付けるに足りる的確な証拠は全くなく、いずれも臆測の域を出ない。

よって、被告が主張する就業規則七五条二項八号及び一一号に該当する事実は、これを認めることができない。

四  争点3(本件懲戒解雇の目的)について

原告らは、本件懲戒解雇の目的が、原告らを排除して組合の不正疑惑追及活動を抑圧し被告の幹部による違法行為を隠蔽することにあるから、本件懲戒解雇は懲戒権の濫用である旨主張する。

1  甲一五号証の1ないし3、甲一六号証の1ないし3、甲一九号証、甲二〇号証の1ないし4、甲二一号証の1ないし4、甲二二号証、甲二三号証の1、2、甲二九号証、甲三一号証の1ないし3、甲三四号証の14、甲四〇号証、乙四六号証の15、16及び弁論の全趣旨によれば、被告における複教の不正疑惑案件について、平成八年以降、原告らが中心となって、組合の三役交渉等を通じて被告の理事らに事案の解明と善処を強く求め、その結果、被告らにおいて、原告らの指摘に基づいて、不正を認定して、不正に関わった職員を懲戒し、理事の監督責任を認めて理事の減俸等を行う事態が繰り返され、また、その一部は刑事事件に発展して関連した理事や職員が逮捕され処罰された案件もある事実、そして、中沢が本件資料を持参した後も、原告らが主張(前記第二、二3原告らの主張(一))するとおりの不正疑惑の追及活動が継続されていた事実を認定することができる。

そして、原告らのこのような活動に対しては、被告の幹部や原告らの上司の中に原告らに対する敵意や不快感を有する者が生ずることは当然に予想できるから、原告らが主張する上司等からの働きかけ(前記第二、二3原告らの主張(二))の事実は、一般的には十分あり得ることである。

2  しかし、右事実を総て前提にしたとしても、本件懲戒解雇が原告らの主張する濫用的な目的で行われた事実を認めるには足りず、その他、本件懲戒解雇が右目的で行われた事実を認めるに足りる証拠はない。

前記のとおり、被告は、中沢が被告に持ち込んだ本件資料の中に、原告らがオンライン端末機を利用して被告の信用情報にアクセスし印刷された文書があることを発見した後間もなく、本件を被告内部の問題として処理することでは済まない刑事事件として対処すべき案件であると判断して、警察に告訴しており、この事実からすれば、当該時点で、原告らに本件資料の流出について責任があると確認された場合には重大な懲戒処分を行うことを予定していたものと推測されるから、その後の原告らの活動を特に考慮して本件懲戒解雇がされたとは直ちには解されない。

3  原告らが指摘する懲戒解雇までの経過等における疑問点(前記第二、二3原告らの主張(二))について

被疑者不詳で告訴した事実及び原告らからの直接の事情聴取を控えた事実については、告訴前、被告において、原告らが本件信用情報の一部にアクセスした事実を把握するに至っていたとしても、本件資料の外部への漏洩者については、原告らを疑いつつも、右事実からでは未だ確定できない状態にあったといえるから、特に不自然ではない。告訴後、調査委員会設置及び解雇まで期間があった事実も、被告が、告訴取下げの時点まで真相の解明を捜査機関に委ねたためと解し得るから、これをもって、被告が、原告らの行為を懲戒に相当しない行為と認識していたと推認することはできない。その他の原告ら指摘の事実も特に不自然とまでは認められない。

4  よって、原告らの右主張は採用することができない。

五  争点4(本件懲戒解雇の相当性)について

1  原告らの行為の態様

金融機関は、その業務の性質から、顧客の信用に関わる情報を入手し、保持する必要があるところ、右情報は、顧客との信頼関係に基づき初めて入手が可能となるものである一方、顧客にとっては、これが外部に流出して第三者に知られる事態となれば事業の継続に重大な影響が及ぶおそれがあるものであるから、金融機関は、顧客の信用情報等の機密情報を厳格に管理し、その秘密を保持すべき重大な義務を負っており、この義務の遵守は、金融機関の存立と事業の円滑な運営の維持のための絶対的な要件である。

原告らの行為は、勤務時間中に、業務遂行のために交付されたオペレータカードを使用して、自己使用目的で、業務とは無関係に顧客に関する信用情報を収集したものであって、顧客の被告に対する信頼を裏切るものであり、このような行為が自由に行われることになれば、収集した資料の管理が個人に委ねられる結果として、故意又は過失による顧客の情報の外部流出を招き、顧客の信用及び被告に対する信頼に重大な影響を及ぼし、被告の存立を脅かすに至る事態が生じかねない。したがって、原告らの行為は、金融機関の職員として、重大な規律違反行為といわざるを得ない。

原告らが被告内部の不正を糺したいとの正当な動機を有していたとしても、その実現には、社会通念上許容される限度内での適切な手段方法によるべきであり、右行為を容認する余地はない。

なお、被告は、原告らの行為が人事面の不満に基づくものである旨主張するが、右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

2  原告らの行為による結果

(一) 本件資料が外部に流失し、右翼活動家で新聞社を経営する中沢がこれを取得して、被告に提示し、その後、再三不正な要求をした事実は前記のとおりであるところ、このような事態は、金融機関である被告にとって、顧客一般からの信頼の喪失につながる重大な事態であるといえる。

なお、平成九年八月一五日の、□□経済新聞に被告の不正融資疑惑の記事が出されたが(乙三七号証)、この記事が本件資料に基づくものであることを認めるに足りる証拠はない。

(二) 原告らは、収集した資料を外部に提出したのは、宮崎県警とF議員の秘書のみである旨主張するところ、前者については、本件のように資料を外部に漏洩することは考えられず、後者についても受領した資料を外部に漏洩したとは認められない(甲四九)。したがって、原告らが、原告乙川が組合執行部に参加後、収集した資料を複写して組合幹部それぞれに保管させていた事実(原告乙川の本人尋問における供述及び弁論の全趣旨)からすれば、本件資料は、原告ら等の組合幹部、あるいは、これらの者から預かっていた秘密保持義務を負わない第三者のもとから外部に流出したものと推認される。そして、原告らは、本件資料の内容を知っていたから、その機密性についても認識し、これを相互に厳正に管理すべき立場にあったところ、収集した資料の秘密保持のため特段の措置を講じた形跡はないから、右保管者のいずれから外部に流出したものであったとしても、その結果について責任を負うべきである。

3  差別的取扱いの有無

原告らは、本件懲戒解雇が原告らに対する不当な差別である旨主張する。しかしながら、懲戒処分の選択は、対象となる非違行為の性質、態様、結果及び情状のほか、会社の事業の種類、態様及び規模、当該職員の会社における地位及び職種等諸般の事情から総合的に判断して決すべきものであり、原告らが比較の対象として掲げる例は、いずれも本件懲戒解雇とは、事案を異にするものであり、直ちに比較の対象とすることはできない。

よって、原告らの右主張は、採用できない。

4  使用者の懲戒権の行使は、当該具体的事情の下において、それが客観的に合理的理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合に初めて権利の濫用として無効になると解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前記のとおりの原告らの懲戒解雇事由該当行為の態様、その結果の重大性からすれば、被告の不正を糺したいという原告らの動機や、原告らの勤務態度(前記第二、二4原告らの主張(二))等の事情を考慮しても、本件懲戒解雇には、客観的に合理的な理由があると認められるから、本件懲戒解雇が相当性を欠き、懲戒権を濫用したものであるとする原告らの主張は採用できない。

六  争点5(解雇手続の適法性)について

1  懲戒委員会の開催について

懲戒委員会への諮問は、被告の就業規則上、被告の裁量に委ねられているから、諮問しなかったことによって解雇手続が違法になることはない。

よって、本件懲戒解雇に懲戒委員会への諮問に関し手続的違法があったとは認められない。

2  弁明の機会の付与

被告の就業規則には、懲戒処分を行うに際して、当該労働者に弁明の機会を与えることを義務づける規定は存在しないから、本件懲戒解雇を行うにあたり、原告らに対し、弁明の機会を与えなかったからといって、解雇手続が違法になることはない。

よって、本件懲戒解雇に原告らに対する弁明の機会の付与に関し手続的違法があったとは認められない。

七  以上のとおり、原告らの行為は懲戒解雇事由に該当し、懲戒権の濫用に該当する事由は認めることができず、解雇手続にも違法はない。

よって、原告らの請求はいずれも理由がないから、これを棄却する。

(裁判長裁判官・中山顕裕、裁判官・中村心、裁判官・菊井一夫)

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